W杯ドイツ大会の記者取材証の認可と基準等で≪元朝日新聞記者≫の中条氏が醜態を曝け出したのが話題になったが、やっぱり中条氏は、これを機会に第一線を完全に退くべきだと感じた。
なぜならば、2002年の地元開催『日韓大会』の際には、フリーライター枠の中に、≪長老枠≫というのを特別に設けて特別待遇を与えたそうだ。サッカーに対してそれほど好意的とも思えぬジャーナリズムの中にあって努力していただいた超ベテランライターの方に、永年の功績に報いる為に感謝の意を込めて、そのような枠を作ったそうだ。
その中には『賀川』さんや『牛木』さんらに加えて『中条』氏も選ばれていた。
つまり日本協会も、他の若手や中堅ジャーナリスト達も、2002年の時に、すでに超ベテランの方達への義理は果たした礼節は尽くしたという事なのだ。
現に2002年までW杯取材の第一線で活躍していた毎日新聞の元記者の方は、今回は自費でツアーに参加して一ファンとしてW杯を観戦していたそうだ。
これが本当にサッカーを愛している姿ではないかと感じて、改めてこの方の人間性に感銘を受けた。中条氏とは対極に位置するようなこの方は、現役の記者の頃から代表やJリーグはもちろん、昔の日本リーグや大学サッカー、そして少年・女子まで、幅広く小さな大会まで観に来ていたのが印象的で、おそらく観戦試合数は膨大な数になってると思う。
中条氏が、自分にはW杯の取材記者証が発給されるのが当たり前のように思っていたならば、これは考え違いといわざるを得ない。それが元朝日新聞記者という思い上がりから来るのか、それとも人間の資質なのか、あるいは4年前の事を忘れてしまうボケの兆候なのか、私には判らないが、別の観方をすれば、中条氏もこれで踏ん切りがついたのは、むしろ幸いと受け止めるべきだろう。
W杯では日本代表のゲームのチケットなど要らない!自分が求めているのは準々決勝から決勝戦までのチケットだというなら、次回2010年には、どうかご自分で金を出して購入してツアーに参加するべきだ。
少しは、元毎日の記者を見習ったらどうか。
退き時期を誤った中条氏
W杯取材許可基準関連の事
前回の記事の題名は「W杯取材認可基準について」とした方が適切だったと思うけど、この件に関しての話題になると自分も言いたい事が山ほど有るから、どうしても感情が入る傾向にあるので、こういう事も出てくる。
中条氏の言い分の基本は、過去のW杯取材実績の既得権を重視しろという事だと思う。この場合、W杯取材に関して問題としているけど、Jリーグや日本代表の取材の際のプレス用ADカードの認可基準に関しては既得権が守られている傾向があるはず。
W杯の場合、【記者クラブ】【雑誌協会】【フリーランス】のカテゴリーに別けて、各々で認可されるのだろうが、フリーランスの場合、日本協会広報が認可を絞る前の段階でチェックが入ってしまうと聞いている。自分も又聞きしただけだから断定は出来ないけども、特定の人物が≪まとめ役≫として仕切っていて、そこでの人間関係が影響するとか、その人物と協会の超大物との関わりから《この記者は問題がある》と評価されたら、過去の取材実績とか、サッカーの理解度や分析能力など関係なく判定されるという事じゃなかろうか。
協会としてもフリーランスの記者やカメラマンからの取材申請を処理するのは大変なので、そういう仕切り役を好んで引き受けてくれる人物は重宝したいのかもしれない。
この人物は、文章を速く巧く書く能力があって、取材のノウハウも優れているので仕事が出来る印象が強く、出版社や協会関係者との関わり方も巧い為、マネジメント能力も高い評価を得ているので、そのような役割を任せられるのであろう。
非常に由々しき問題は、この仕切り役の人物が、まず第一にサッカーをまるで判ってない事・第二に個人の感情が著しく介入してしまう事・第三に、この人物に結果的に権力を持たせてしまった事・そして第四に、この人物が勘違いしてしまい傲慢でトップライター気取りにさせてしまった事の4点を指摘したい。
Jリーグ以前には、ほとんどサッカーと関わりが無かったとか、興味も関心も示さず仕事も引き受けなかったようなスポーツライターが≪93年のJリーグ誕生≫と《オフト・ニッポン⇒ドーハの悲劇》を切っ掛けにしてサッカージャーナリズムの世界に入ってきた。
サッカー関連の取材の仕事を受ける事で収入が得られる情況が出現したという事だ。社会の流れとして野球からサッカーが人気スポーツに移行する傾向が見えてきた事もあり、サッカー関係者とのコネを大切にしようと考える計算高い人が現れるのも当然で、中には超大物とのコネを得る事に成功して≪人を仕切りたい≫人間が出てくるのもまた必然である。
日本リーグ時代には、あまりサッカーと関わりが無くて、全くサッカーがわかってない人物に、なんであんなに強大な権限と発言力を与えたのか。マネジメント能力もありそうで便利屋みたいに重宝するとでも考えたのだろうか?
とんでもない事になっちゃったわけだろう。増幅・増長して特別な存在になったと勘違いしてるとしか思えない。
こいつの書いたサッカー記事など≪選手のエピソードや関係者の苦労話≫以外の、肝心かなめの戦評や分析など読むに値せずだ!!!!!!!!!!!!!!!
★・こいつの名前を、ここで公表出来ないのは本当に不愉快で残念で申しわけないんだけど、それが今のジャーナリズムの現状です。でも皆さん、色々と噂?を聞いてるから誰だか判るかも。こいつが取り入った超大物の権力者が失脚したらどうなるか?次に権力を握った人物に擦り寄って行き、また≪仕切りや≫として君臨するのを狙うでしょう。
本来、そのような役割は、文章を速く巧く書けるけども、全くサッカーがわかってなくてトンチンカンな記事しか書けないけど、協会の超大物に取り入ったり、仕切ったりするのが好きな目立ちたがり屋や、権力志向の強い人物ではなく、日本リーグ時代から取材しているだけでなく、サッカー関係者が一目置くような技術論や戦術論などで内容のあるサッカー記事の実績やゲーム分析力のあるジャーナリストを担当者として任せるべきなんですよ。
「まとめ役」が必要ならば、サッカー界に首を突っ込んできた≪スポーツ周辺ライター≫ではなく≪サッカージャーナリスト≫に権限を与えて任せないと、この国のサッカージャーナリズムはダメになるよ!
中条氏の言い分の基本は、過去のW杯取材実績の既得権を重視しろという事だと思う。この場合、W杯取材に関して問題としているけど、Jリーグや日本代表の取材の際のプレス用ADカードの認可基準に関しては既得権が守られている傾向があるはず。
W杯の場合、【記者クラブ】【雑誌協会】【フリーランス】のカテゴリーに別けて、各々で認可されるのだろうが、フリーランスの場合、日本協会広報が認可を絞る前の段階でチェックが入ってしまうと聞いている。自分も又聞きしただけだから断定は出来ないけども、特定の人物が≪まとめ役≫として仕切っていて、そこでの人間関係が影響するとか、その人物と協会の超大物との関わりから《この記者は問題がある》と評価されたら、過去の取材実績とか、サッカーの理解度や分析能力など関係なく判定されるという事じゃなかろうか。
協会としてもフリーランスの記者やカメラマンからの取材申請を処理するのは大変なので、そういう仕切り役を好んで引き受けてくれる人物は重宝したいのかもしれない。
この人物は、文章を速く巧く書く能力があって、取材のノウハウも優れているので仕事が出来る印象が強く、出版社や協会関係者との関わり方も巧い為、マネジメント能力も高い評価を得ているので、そのような役割を任せられるのであろう。
非常に由々しき問題は、この仕切り役の人物が、まず第一にサッカーをまるで判ってない事・第二に個人の感情が著しく介入してしまう事・第三に、この人物に結果的に権力を持たせてしまった事・そして第四に、この人物が勘違いしてしまい傲慢でトップライター気取りにさせてしまった事の4点を指摘したい。
Jリーグ以前には、ほとんどサッカーと関わりが無かったとか、興味も関心も示さず仕事も引き受けなかったようなスポーツライターが≪93年のJリーグ誕生≫と《オフト・ニッポン⇒ドーハの悲劇》を切っ掛けにしてサッカージャーナリズムの世界に入ってきた。
サッカー関連の取材の仕事を受ける事で収入が得られる情況が出現したという事だ。社会の流れとして野球からサッカーが人気スポーツに移行する傾向が見えてきた事もあり、サッカー関係者とのコネを大切にしようと考える計算高い人が現れるのも当然で、中には超大物とのコネを得る事に成功して≪人を仕切りたい≫人間が出てくるのもまた必然である。
日本リーグ時代には、あまりサッカーと関わりが無くて、全くサッカーがわかってない人物に、なんであんなに強大な権限と発言力を与えたのか。マネジメント能力もありそうで便利屋みたいに重宝するとでも考えたのだろうか?
とんでもない事になっちゃったわけだろう。増幅・増長して特別な存在になったと勘違いしてるとしか思えない。
こいつの書いたサッカー記事など≪選手のエピソードや関係者の苦労話≫以外の、肝心かなめの戦評や分析など読むに値せずだ!!!!!!!!!!!!!!!
★・こいつの名前を、ここで公表出来ないのは本当に不愉快で残念で申しわけないんだけど、それが今のジャーナリズムの現状です。でも皆さん、色々と噂?を聞いてるから誰だか判るかも。こいつが取り入った超大物の権力者が失脚したらどうなるか?次に権力を握った人物に擦り寄って行き、また≪仕切りや≫として君臨するのを狙うでしょう。
本来、そのような役割は、文章を速く巧く書けるけども、全くサッカーがわかってなくてトンチンカンな記事しか書けないけど、協会の超大物に取り入ったり、仕切ったりするのが好きな目立ちたがり屋や、権力志向の強い人物ではなく、日本リーグ時代から取材しているだけでなく、サッカー関係者が一目置くような技術論や戦術論などで内容のあるサッカー記事の実績やゲーム分析力のあるジャーナリストを担当者として任せるべきなんですよ。
「まとめ役」が必要ならば、サッカー界に首を突っ込んできた≪スポーツ周辺ライター≫ではなく≪サッカージャーナリスト≫に権限を与えて任せないと、この国のサッカージャーナリズムはダメになるよ!
中条氏の協会広報批判について
牛木さんのビバサッカーのHPに掲載された、元朝日新聞記者の中条氏が、記者としてドイツ大会の取材を出来なかった不満と協会広報への批判を読ませてもらった。
確かに協会広報の有り方と取材許可証発行の基準に対する指摘とジャーナリズムでの昔からの貢献者を大切にという意見は納得できる部分が多い。
だが、私は中条氏に関しては、≪何を今さら!≫と言いたい。
Jリーグ以前、70年代半ばから80年代半ばの≪東京運動記者クラブ・サッカー分科会≫を牛耳っていたのは誰だろうか?どこの新聞社だったろうか?
中条氏はサッカー担当記者の中にあって≪日本サッカープロ化反対の筆頭的な存在≫だったではないか。またサッカーくじ法案に対して賛成してただろうか?
80年代前半に後藤健生氏が主宰した≪サッカージャーナル≫誌上で、≪チームのプロ化やリーグの組織を作るよりも、プロで通用する選手を育てるのが先決≫という主旨でプロ化反対の論陣を張らなかったか?
W杯は、プロ選手が自分の名誉と生活を賭けたサッカー世界一のタイトルを争うものであって、アマチュアリズムの集大成を極める大会ではない。プロ化反対の論陣を張ったジャーナリストが何故、取材に行くのか?ちなみに大会の勝敗や優勝予想は、ロンドンのブックメーカーや各国のくじ屋が、賭けの対象にしているではないか。
記者クラブに所属して中心的な役割だった時に、フリーのライター達に対してどのように接してきたか?暖かく好意的に接しただろうか?
サッカーのプロ化に反対しておいて、朝日新聞を定年退職してから、Jリーグが誕生した頃には記者クラブの特権が無くなり、フリーのライターになって取材証の認可が下りずに、チケットを自腹で購入するようになったら≪サッカーダイジェスト≫に、≪記者クラブよりもフリーのライターこそサッカーを愛している人材だから大切にせよ≫といった主旨の原稿をコラムに書いた事はないだろうか?
朝日新聞記者だった当時、ゲームを見ないで戦評の記事を書いた事は無いだろうか?後年、担当になったS記者は冬場の寒い国立競技場のゲームで記者席で取材せずに≪暖房の効いた控え室≫に居て、観戦した他の記者に聞いた事を、ほとんどそのまま翌日の朝日新聞のサッカー記事として掲載した事実はないだろうか?
≪朝日新聞のサッカー担当記者は、伝統的に必ずゲームを観戦して記事を書くはずだと自信と責任を持って断言してほしい≫
一時期、サッカー界から離れて原爆関係の方に邁進して、サッカー界から疎くなってしまったという事はないか?
朝日新聞が≪アマチュアスポーツのプロ化≫や≪サッカーくじの導入≫に反対したジャーナリズムだったから、記者在任当時に社の方針に同調するのは仕方の無い事情かも知れないが、定年退職してフリーになったらば、個人の意思で行動するとか記事を書くべきではなかろうか。従って退職後も同様の主旨を主張するならば、それは個人の意思と解釈したい。
確かに協会広報の有り方と取材許可証発行の基準に対する指摘とジャーナリズムでの昔からの貢献者を大切にという意見は納得できる部分が多い。
だが、私は中条氏に関しては、≪何を今さら!≫と言いたい。
Jリーグ以前、70年代半ばから80年代半ばの≪東京運動記者クラブ・サッカー分科会≫を牛耳っていたのは誰だろうか?どこの新聞社だったろうか?
中条氏はサッカー担当記者の中にあって≪日本サッカープロ化反対の筆頭的な存在≫だったではないか。またサッカーくじ法案に対して賛成してただろうか?
80年代前半に後藤健生氏が主宰した≪サッカージャーナル≫誌上で、≪チームのプロ化やリーグの組織を作るよりも、プロで通用する選手を育てるのが先決≫という主旨でプロ化反対の論陣を張らなかったか?
W杯は、プロ選手が自分の名誉と生活を賭けたサッカー世界一のタイトルを争うものであって、アマチュアリズムの集大成を極める大会ではない。プロ化反対の論陣を張ったジャーナリストが何故、取材に行くのか?ちなみに大会の勝敗や優勝予想は、ロンドンのブックメーカーや各国のくじ屋が、賭けの対象にしているではないか。
記者クラブに所属して中心的な役割だった時に、フリーのライター達に対してどのように接してきたか?暖かく好意的に接しただろうか?
サッカーのプロ化に反対しておいて、朝日新聞を定年退職してから、Jリーグが誕生した頃には記者クラブの特権が無くなり、フリーのライターになって取材証の認可が下りずに、チケットを自腹で購入するようになったら≪サッカーダイジェスト≫に、≪記者クラブよりもフリーのライターこそサッカーを愛している人材だから大切にせよ≫といった主旨の原稿をコラムに書いた事はないだろうか?
朝日新聞記者だった当時、ゲームを見ないで戦評の記事を書いた事は無いだろうか?後年、担当になったS記者は冬場の寒い国立競技場のゲームで記者席で取材せずに≪暖房の効いた控え室≫に居て、観戦した他の記者に聞いた事を、ほとんどそのまま翌日の朝日新聞のサッカー記事として掲載した事実はないだろうか?
≪朝日新聞のサッカー担当記者は、伝統的に必ずゲームを観戦して記事を書くはずだと自信と責任を持って断言してほしい≫
一時期、サッカー界から離れて原爆関係の方に邁進して、サッカー界から疎くなってしまったという事はないか?
朝日新聞が≪アマチュアスポーツのプロ化≫や≪サッカーくじの導入≫に反対したジャーナリズムだったから、記者在任当時に社の方針に同調するのは仕方の無い事情かも知れないが、定年退職してフリーになったらば、個人の意思で行動するとか記事を書くべきではなかろうか。従って退職後も同様の主旨を主張するならば、それは個人の意思と解釈したい。
ジャンルカ富樫さんを見送ってきました
今日、ジャンルカ富樫さんの告別式へ行ってきました。前日のお通夜は大勢の参列者で凄い行列が出来ていたそうです。
私は当初から告別式に参列の予定でいたのですが、急用が飛び込み大ピンチ。なんとしてでも出棺には間に合わせようと大慌てで駆けつけ、なんとかギリギリで間に合いました。
供花芳名の中に、サッカー関係・マスコミ関係の名前がずらりと並び、富樫さんの交友の広さと皆から愛されていた事が判る。
その中に、今は疎遠となったが、欧州在住のサッカージャーナリストとして活躍中の、かつてのサッカー仲間の名前を見つけ、参列できないのはさぞかし残念だろうと思う。この場に来れなかった彼や、全国各地のファンの分の祈りも捧げて来ました。
出棺後に、境内で「後藤健生」さんと故人を偲びつつ雑談を交わし、上野駅に向かう途中では、スポナビでお馴染みの「宇都宮徹壱」さんとお会いして、同様の会話で駅前まで同行。
御二方とも、多忙の中、参列したと思うと、改めて富樫さんの人柄が偲ばれた。
後藤さんも宇都宮さんも海外へ出かけての取材が多い方なので、今後の活躍と同時に、ご無事を祈り帰路についた。
富樫さん、楽しいサッカー解説をありがとうございました。
合掌
私は当初から告別式に参列の予定でいたのですが、急用が飛び込み大ピンチ。なんとしてでも出棺には間に合わせようと大慌てで駆けつけ、なんとかギリギリで間に合いました。
供花芳名の中に、サッカー関係・マスコミ関係の名前がずらりと並び、富樫さんの交友の広さと皆から愛されていた事が判る。
その中に、今は疎遠となったが、欧州在住のサッカージャーナリストとして活躍中の、かつてのサッカー仲間の名前を見つけ、参列できないのはさぞかし残念だろうと思う。この場に来れなかった彼や、全国各地のファンの分の祈りも捧げて来ました。
出棺後に、境内で「後藤健生」さんと故人を偲びつつ雑談を交わし、上野駅に向かう途中では、スポナビでお馴染みの「宇都宮徹壱」さんとお会いして、同様の会話で駅前まで同行。
御二方とも、多忙の中、参列したと思うと、改めて富樫さんの人柄が偲ばれた。
後藤さんも宇都宮さんも海外へ出かけての取材が多い方なので、今後の活躍と同時に、ご無事を祈り帰路についた。
富樫さん、楽しいサッカー解説をありがとうございました。
合掌
ジャンルカ富樫さんの葬儀日程です
帰宅してメールチェックしたら、ジャンルカ・富樫さんの葬儀日程のお知らせのメールが、お世話になっている方から届いておりました。
通信社からの配信で地方紙各紙には、葬儀日程が掲載されてるようですが、まだスポーツ関係のWEBサイトには載ってないみたいなので掲載します。
お通夜 2月15日・午後6時〜7時
告別式 2月16日・午前11蒔〜12時
場所 上野『寛氷寺 輪王殿』
住所 東京都 台東区 上野公園14−5
TEL 03−3821−4433
また下記のような一文が書き添えられておりましたので、紹介します。ジャンルカファンの皆さんで、都合のつく方は、富樫さんの最後のお別れですので参列してください。
ご遺族も数多くの方々の、ご会葬を望んでおられます。
一般の方を含めて、多くの方にご会葬頂き、献花をお願いしたいと考えております。
通信社からの配信で地方紙各紙には、葬儀日程が掲載されてるようですが、まだスポーツ関係のWEBサイトには載ってないみたいなので掲載します。
お通夜 2月15日・午後6時〜7時
告別式 2月16日・午前11蒔〜12時
場所 上野『寛氷寺 輪王殿』
住所 東京都 台東区 上野公園14−5
TEL 03−3821−4433
また下記のような一文が書き添えられておりましたので、紹介します。ジャンルカファンの皆さんで、都合のつく方は、富樫さんの最後のお別れですので参列してください。
ご遺族も数多くの方々の、ご会葬を望んでおられます。
一般の方を含めて、多くの方にご会葬頂き、献花をお願いしたいと考えております。



