川淵会長の愛人とお金を巡る問題が週刊誌や夕刊紙で取り上げられている。この問題については次のように考えてみてはどうだろう。
町工場や中小企業の社長が愛人を作ったり、従業員に手を出したり、不倫関係を公にされても、マスコミが騒ぐ事はまずない。また会社の利益を自分の蓄財に組み込むなどもよくある事だが、これもまた大きく問題になる事も少ない。
特に自分が一代で築いた場合など、実質独裁者のようなもので外部からとやかく言われる筋合いではないと開き直るケースも出てくるのが世の常である。
この場合は≪会社=社長自身≫のようなものだからだ。
しかし、大企業のトップや政財界・官公庁の要職についている人物が同様の事を行なうとマスコミは大きく取り上げて、≪公私混同≫が問題視される。なぜならば、社会全般への影響力の大きさが異なるからだ。
低迷していたサッカー界のプロ化を成功させて、マーチャンダイジングを取り入れて財政状況を好転させた功績は川淵会長の手腕に寄るところが大きいのは事実である。その点については最大の功労者としての評価がされるのは当然である。
しかし、その功績と愛人や金の流用疑惑とは切り離して考えなければいけない。≪功労者だから倫理道徳に反する行為を行なっても容認されるなどという考えや、そのような形で川淵会長を擁護するのは間違っている≫という事を大前提としてもっていなければならない。
サッカーが盛んになり大衆化し、世間やマスコミの関心を集めるようになった結果、一般大衆や青少年の育成に与える影響力が大幅に増したのである。
それに加えて、川淵会長ご自身がメディアに登場して著名人の仲間入りを果たして、全国各地で講演会を開いたり、各メディアにおいて≪道徳教育とか≫スポーツの大切さや意義を説いているという現実がある。つまり、川淵会長の地位・存在・社会的な役割が、すでに≪公人≫と言っても良い立場にあるのだ。
だから、この愛人とお金の問題は、個人のプライバシーとか、サッカー界内部の問題という枠を完全に越えていると受け取るのが自然だ。
今月21日理事会が開かれて、正式に会長と協会人事が決定される事になる。今のままの流れで行けば、川淵会長留任〜定年延長という形で決着がつくだろう。
しかし。その結果は≪川淵氏の人生≫と≪日本協会&日本サッカー界の歴史≫の汚点として記憶され、また将来の歴史的評価が下されるのは確実である。

