またまたメデタイ愉快なニュースが飛び込んできた。
共同通信の記事によれば、以下のように書かれている(一部、要約)
トルコ1部リーグ、フェネルバフチェの監督となったジーコ前日本代表監督が窮地に立たされている。リーグ戦6試合を終えて、4勝1分け1敗、勝ち点13で2位につける。リーグ最多の16得点で失点6。数字だけを見れば、新監督として上々の成績だ。だが、地元メディアに「更迭すべきだ」と酷評されている。その理由は試合内容が悪いため。地元メディアは「戦術のない監督」「退屈極まりない試合」「1980年代のサッカー」「チームとしてのプレーがない」と批判する。
この前、欧州チャンピオンズリーグの予備選でD・キエフに負けた時と同様、相変わらず日本代表の時のパターンを踏襲しているのが判る。
「フェネルバフチェ」は、トルコリーグビッグクラブの一つで有力な優勝候補の一角なのだから、≪新監督として上々の成績≫という表現が、まずおかしいと指摘しておこう。しかもここまでの対戦相手が下位の弱小クラブが多いのだから、単純な数字だけ並べてもなんの意味も無いのだ。もし、この数字よりも悪かったら、その方が大問題となるはずだ。
《戦術の無い監督》《1980年代のサッカー》という指摘は「酷評」ではなく《正論》である。でもこれは、ジーコが采配を執った日本代表のゲームを普通に観ていれば、誰にでも判る事で、そのような正論を指摘しなかった日本のマスコミが狂っている証拠がまた一つ出てきたといえよう。
トルコのマスコミもサポーターも、さすが日本よりもサッカー先進国だけのことはある。的確にジーコ采配の真髄を突いて正論を書き立てている記者の正直なペンの力と、地元サポーターの正常な神経と声が、はるか極東の日本にまで伝わってくるではないか。
先程、《残虐非道のキチガイ集団・オウム真理狂》の《極悪悪魔・麻原》の死刑が確定するという国民的祝賀があったが、 まだサッカー界では《ジーコ真理狂》のキチガイ信者のサッカージャーナリストやスポーツライターが、その職と地位を維持して、言葉とペンにより純粋無垢なサポーターと一般大衆を扇動した責任を執ろうともしない嘆かわしい現実が続いている。
でも《更迭》は、まだまだ早い。ジーコを監督としてトルコのリーグで采配を揮わせた事を、トルコサッカーの歴史上、最大・最悪の恥辱として記録と記憶に残し、未来永劫に渡って末代にまで語り伝えられるほどの内容と結果はまだ出していない。
それとジーコ信者だったフリーライターの諸君、この惨状について、何故積極的に取材して記事を書いたり、分析しないのか。W杯惨敗直後に、死に物狂いでジーコ擁護&弁護&選手批判して、挙句の果てに日本のレベルが低いと大宣伝に啓蒙活動を展開したのに、トルコリーグでのジーコ采配の惨状について触れないのは変だろう。

