北京五輪の対ナイジェリア戦は善戦健闘及ばず無念の結果となってしまった。
一見、あと一歩まで追い詰めたというように見えるが、最後の局面での差は
大きかった。
両チームの決定的なチャンスの数は、ほとんど変わらない。
日本が前半1回・後半4回、合計5回
ナイジェリアが前半2回、後半3回、合計5回
だが、内容が大きく異なる。ナイジェリアの方は本当に得点になりそうな形だった
のに対して、日本は決定的ではあったが、SHが弱かったり簡単に防がれるような
ものであった。
ゲームは前半は潰し合いの展開だったが、後半に入って激しく動いた。
どうしても勝たねばならない日本が思い切って前掛かりになって攻めに出た
のに対して、カウンター狙いのナイジェリアというゲーム展開は、なかなか見応え
のあるものだった。
このような展開になった場合、明らかに格下のチームにとってハンディとなる。
なぜならば、本来の力関係から検討すれば【自滅するような戦い方】を選択
したようなものだからだ。だから、一見日本が攻めこんでていたように見えるが、
実際にゲーム全体を支配していたのはナイジェリアであった。
ナイジェリアのカウンターを見れば、守りに守ってから仕掛けたのではなくて、
日本のパス回しのすきを突くか、孤立した選手を狙って奪ってから仕掛けた
ものであった。
例えば、1点目の攻めなど意図した通りのものだったに違いない。
香川を囲い込み、奪った途端、一気に4人がゴールに向かって一糸乱れず
襲いかかっていく姿が、この日のナイジェリアのゲームプランを象徴する
ものだったように感じる。
今回の敗戦に関して、「こうすれば勝てた」とか「戦い方によっては、なんとか
なったのでは」とか、そういった采配や戦術的な指摘をするジャーナリストが
出てくるだろうが、それではまた同じ事を繰り返す事になるだろう。
我々は ≪敗戦から学ばなければならない≫
学ぶという事は、采配ではなくて根本的なものでなければならない。
選手育成や強化の方法や、日本サッカーの方向性や世界を相手に勝つ為に
必要なものを再検討しなければならないという事だ。
≪自分たちのやり方・日本の特徴を出して戦う≫
それでは、ボールキープして細かいパスを回す事は出来るが、
勝負には勝てない事が明確になったのが、この五輪の教訓である。
ナイジェリアとの身体能力の差、他の参加国との比較や過去のゲームを含めて
シュートのお粗末さ、決断力、は改善しなければ未来は無いかもしれないという
不安が絶望感につながるように思う。
Jリーグ選抜とKリーグ選抜で犬飼会長が指摘したのだが、
チャンスや勝負を掛けた場面での、思い切りの良さ、一気に相手ゴールに
向かう集中力や判断力なども、アメリカやナイジェリアとの差は大きかった。
W杯や五輪に出場して組み合わせに恵まれたら、ベスト16かベスト8に
残れるかもしれないが、それ以上の成績を残したければ、現状の継続では
多くは期待出来ないと感じるほどのショックだ。

