サポーターレベルアップ講座

サッカーをメインにして、他のスポーツに関しても独断と偏見で論じていきます。皆さんがスポーツを楽しむ、考える際の参考になれば幸いです。

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日本協会の幹部人事に関して

 キチガイのようにJリーグの秋春制をごり押しする事に全精力を投入し、
異常な程の執念を燃やした犬飼は、W杯誘致委員長も外れて、ただの人に
なったようだ。体調不良の為に自ら退任を申し出たという発表だが、
そんなもの誰も信じない。

 すでに、続投に意欲を示していたとか、新しく就任したJリーグチェアマン
がシーズン制移行せずと表明した事に対して「無視、抵抗する」かのような
発言を行い、会長選任に当たって一部の幹部からは推薦や話し合いではなくて
投票の実施要求があったのは報道済みである。事前に退任の申し出があったなら、
投票の際に犬飼の名前を候補から外しておくのが筋である。
 続投の意欲を示してたとか、続投は既定路線といった事前報道とは矛盾する。
おそらく、犬飼本人のプライドを尊重したのと、協会内部で権力抗争があると
思われたくないから、そういう綺麗ごとの発表を行ったのだろう。

あの罵詈雑言を浴びせる言動や、組織の長でありながら、組織の決定を無視、
敵視してきた態度に、二人の門外漢を常任理事に推薦する無軌道ぶりを観たら、

体調面の不良よりも精神面の異常の方が問題ではないかと思う。 

小倉会長は、明らかに繋ぎ役に過ぎず、他に適当な人材が居ないから、
とりあえず一期やってもらい、2年後の理事会では「田嶋」会長の誕生という
方向で行くと予測する。その為の副会長昇進であろう。
 また岡田氏が理事に就任した事によって、田嶋会長の次は岡田会長という路線が
敷かれたとも考えられる。これで、しばらくは旧古河電工閥のトップ支配体制が
確立される事になる。小倉氏が2年、田嶋と岡田で2期4年ずつ、合計10年間か。

と同時に、60代でありながら今回も会長昇進の目が出なかった
「大仁副会長(慶応⇒三菱)」は、川淵元大尉のポチ、腰巾着程度の人物
だと思われても仕方が無いのだ。

小倉氏以外に人材が見当たらないのは当然で、川淵元大尉殿が会長時代に、
自分のライバルになりそうな人物や、異論や反対意見を堂々と言える有能な
人物を、次々と粛清、追放してきたツケにほかならない。

ラグビー界で失敗者の平尾と、テニスの現役プレーヤー伊達
の常任理事の退任が決定したのは、成果として評価したい。
 他の競技の出身者で、しかも現役選手として公式戦に出場していて、
サッカー協会の理事会に出席しない常任理事など、絶対におかしいのだ。

そんなバカな事が続いてたまるか!!!
サッカーを愛する者として誠に不愉快である。

今後の常任理事会では、このような愚行を「キチガイの所業」として、
同じ過ちを繰り返さない事を強く望む。

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テーマ:サッカー - ジャンル:スポーツ

独裁者「犬飼」失脚す

 犬飼会長が退任という、誠にメデタイニュースが流れてきた。
理事の投票で獲得数が少ない上に、強硬な反対意見が出たという事から、
退任というよりも「続投拒否」⇒「解任」と観た方が良いだろう。

本人は続けたい意向があったようだし、W杯で好成績を上げた直後
このような事になるのは尋常ではない。川淵と、どのような意見対立が
あったのかは不明だが、修復不可能な決定的な事態に発展したのだろう。


独裁者は両立しないという事だ。


今後の、代表監督人事、強化方針、Jリーグの秋春制移行、役員人事
等をチェックしていけば、本当の理由が判るかもしれない。

マスコミ報道では「急進的運営が批判」と伝えられているが、
独善先行のワンマン体制と言い換えるべきだ。犬飼は秋春制移行問題で
みられたように、自分と意見や考えが合わない人に対して、
罵詈雑言を浴びせて「キチガイ扱いするような暴言を連発していたのは、
皆が知っている。サッカー協会会長という要職に相応しい、人間性や資質が
問題視されても仕方がない惨状だった。
 また組織の決定を完全に無視して、自分の構想をごり押ししようと
企み、危険な独裁者の本性もさらけ出した。

 新しい理事会は、犬飼が行った愚かで常軌を逸した人事を修正せよ。
本来、特人理事とするべき「伊達」「平尾」の常任理事就任を正常な
人事に戻すべきだ。この両人、特に、本業のテニスツアーの優先を認めて、
理事界には出席しないでも構わないうという、誰が見ても完全に間違って
狂った活動を容認されている「伊達」は、選出しないのが常識である。
2年前にさかのぼって人事の見直しを行うのが正しいのだ。

2022年の日本開催を望む

 2022年のW杯開催地選定の為のFIFA調査団が来日したが、
立候補国の調査の一番最初が日本というのが政治的に拙い選択だったと
思う。こういうのは順番が後に回った方が有利の場合が多い。
他の候補地が、どのような接待をするか、セールスポイントを上げて、
どこまでアッピールしたかといった情報を入手して準備できるという利点が
あるからだ。

 例によって、日本のマスコミはネガティブな報道を行っている。
2002年に韓国と共催したばかりとか、また開催する意義をどうするか
といった具合に、日本のマイナスや不利と思われるような材料ばかりを
指摘して≪守りの報道≫を行っている。

 W杯南ア大会でも判るように、サッカーのゲームの時には守備よりも、
攻めに出るべきとか、守りに回ったらやられる。等といった報道が
洪水のように溢れ返った。なぜ、こういう時には≪攻めの報道≫を行って
日本開催をバックアップしないのだろう。

 韓国でも同じように2002年に開催したばかりといったネガティブな扱いを
しているのか。また他の立候補国のマスコミが、どのような報道を行っているの
かもさっぱり判らない。事実上の鎖国状態である。
 もし、日本のマスコミだけがネガティブな報道を行っているとしたら、
しかもそれがサッカー担当者だったら、これは大問題だ。

2020年の五輪開催地に東京が立候補した際には、なぜ東京で開催するのか
という意義が明確でなかったのが誘致運動に盛り上がりを欠いた要因だった。

 W杯も2002年開催立候補の時点ではどうだったろうか。

なかなか政府保証が下りなかった。
東京は首都でありながら会場候補に立候補しなかった。
政治家も、財界も、マスコミのトップも、サッカーのW杯の世界的な影響力や
W杯開催の素晴らしさも全く理解していなかった。
スタジアムの建設は税金の無駄付使いという誹謗中傷が起こった。

サッカーのW杯なんて、1競技団体の
世界大会程度の認識しか無かったのだ。
 

98年の初出場で、やっと認識が深まり、2002年で盛り上がったにすぎない。

しかし、南ア大会ではW杯が今や国民的行事になった感がある。
政治家の間でも、またスポーツ界以外の分野の人の間でも、W杯絡みの発言や
例え話が当たり前のように語られる世の中になった。
サッカーのW杯が国民的な理解と支持が得られるようになった日本での開催は、
誠に意義深いものとなる。

オーストラリアやアメリカは、国内リーグの隆盛を果たすのが先決ではなかろうか。
2022年大会は≪アジアで初の単独開催のW杯≫を日本でやろう。



2010南アW杯・決勝戦

 W杯決勝戦は実力で上回るスペインの順当な勝利で終わった。
90分間で0-0、延長戦で1-0という結果は攻め合いを期待した
ファンには期待外れだったかもしれないが、十分に見ごたえのある
ゲームだった。

 戦術的にハイレベルなゲームだった。
オランダが美しいサッカーを捨てて、勝つ事に専念すると覚悟を決めて
挑んできた結果が、激しいボディーコンタクトとラフなタックルの連発で、
前半はかなり効果的だった。潰し合い、削り合いにスペインを巻き込む事に
成功し、ナーバスにさせたし、攻撃では、時折仕掛けるカウンターからの
「ロッベン」の高速ドリブルでチャンスを作った。攻守にわたりオランダの
ペースで前半は終わった。

後半はメンタルコントロール出来るスペインの落ち着いたパス回しの前に
オランダが徐々に消耗していくのが判った。

 スペインのサッカーは細かいパス回しで手数を掛けるのだが、そこだけ
注目してはいけない。バックパスは必要だからするのだし、足元から足元
へパスを通すのと、ワンタッチで簡単にはたく時も、そうした方が良い方を
選択している場合が多いのが判った。パスのコース、ポジションチェンジの
動き出しも同様である。そして全てのパスは何のためにあるかというと、
シュートしてゴールを上げるためにある。

日本の場合は、パス自体が最終目的のようになってしまい、そういった
ボール奪取からゴールまでの一連のプロセスの中でムダが多すぎるのだ。

 スペインの選手達は、ドイツやオランダが相手で、屈強な選手が至近距離
に居ようが、ラフファイトを仕掛けてこようが、落ち着いてボールを
コントロールして、周囲との連係も無難にこなしている。
 同じように、細かいパスを回して手数を掛けるサッカーでも日本の場合は、
ムダ、余計なパスが圧倒的に多いのが、ハッキリと判るではないか。

そして、サッカーは90分、あるいは延長を含めた120分で決着をつける。
そういうスポーツだという事。ドイツ戦・オランダ戦・極端に守備的な相手に
対して、前半は振り回して消耗させるだけでも構わないし、崩せる所を探す。
後半や延長戦で、ミスが出たり、得点するのは、そう行った積み重ねの結果
なのだ。

そいう眼でゲームを観たり、分析すると、更に楽しめるはずだ。



テーマ:2010年FIFAワールドカップサッカー - ジャンル:スポーツ

スペインが残って良かった

 準決勝のスペイン対ドイツ戦は、実力通り、スペインが圧勝した。
点数こそ1-0で最少得点差だったが、この数字が両者の実力を現わして
いるなどと思っている人は居ないはず。

 過去の大会で、ドイツは恐ろしくつまらないサッカーだが、
異常な勝負強さで、観ていて楽しく攻撃的なサッカーをする人気チームに
手段を選ばず、汚く見苦しく勝って、準決勝や決勝に出てくるというのが
お決まりのパターンで、W杯をぶち壊す懸念を抱かせるチームだった。

今大会は、勝つためだけのサッカーではなくて、積極的にイニシアチブを
取って、相手陣内に攻め込むアグレッシブな戦い方で好感を持たれて、
一気に評価が高まったが、準決勝では、先祖返りの薄汚い、手段を選ばない
スタイルになってしまったのが非常に残念だった。

 前半、あそこまで、極端に守備的な戦い方を選択するとは、W杯に対する
冒涜以外の何物でもない。レベルに差はあるが、日本の大学選手権や総理大臣杯
の準決勝の方が面白いに違いない。

もし、あのまま行って、カウンター一発でドイツが「0-1」あるいはPKに
持ちこんで勝ち残っていたら、最悪のW杯になっていた事だろう。

 イングランドのゴールを認めていたら、ドイツは逆転負けをして準決勝に
出てこなかった可能性もあっただけに、あの誤審は大問題だ。
 ウルグアイから来た一匹の猿を除いて、スタジアムやテレビの前の人達、
全てが、ゴール、もしくはゴールの可能性が高いと判断したが、大変に不幸
だったのは、その猿が副審だった事だ。猿を国際審判にしちゃいけないよ。

 ブラジルは、日本人審判のケチの付けようの無い公正中立なジャッジに
ナーバスになって自滅。アルゼンチンはメッシ任せと、個人技に走って自滅。
そしてドイツは、スペインの攻撃力をを警戒しすぎて自滅。

 とにかく、決勝戦が「オランダ対スペイン」になって本当に良かった。

今大会の特徴とは?

 アルゼンチンが0-4でドイツに大敗したが、結果だけでなく内容も
お粗末の極致とでも言えるほど酷いものだった。

W杯で出た結果や新しい流れは、その後の4年間の世界のサッカー界の
方向性に影響する傾向が強い。では、今回のW杯から学ぶ事はなんだろう。

キーワードとして 「規律」「団結力」「組織力」「運動量⇒走力」
等があげられるかも知れない。その典型が日本とドイツであり、
アフリカ勢で初のベスト4を目前にまで迫ったガーナも、それに近いし、
スイスの守備もまた共通性を感じる。
 また大健闘した「アメリカ」や「ニュージーランド」「パラグアイ」
あたりにも、見る事が出来るのではないか。

逆に、そうでなかったのが「イタリア」「フランス」「アルゼンチン」
「カメルーン」「ナイジェリア」とは言えないだろうか。
この5カ国は、不甲斐ない結果よりも、本当に惨めな内容で醜態を
晒したではないか。

その流れの象徴的なゲームが、昨日のアルゼンチン対ドイツだったのでは
ないだろうか。アルゼンチンの「マラドーナ」の個人技優先のスタイル、
メッシの我儘を見逃し、自由にやらせる方法(戦術とは言えない)は、
ドイツに全く通用しなかったし、カウンター対策は無かったのでは、
としか思えないようなザル守備の連発。

 攻撃はスター選手に自由に任せて、前掛かりになったら、
面白いようにカウンタアーアタックの餌食になるって、まるでだ、
2006年大会でジーコが指揮した日本みたいじゃないか。

 そう考えると、準決勝に残った4チームの中で、
最も、注目されるのは「スペイン」だろう。規律や組織力に偏重せずに
華麗な攻撃サッカーが、どのように爆発するか期待したい。

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対パラグアイ戦の分析とベスト8への道

 対パラグアイ戦は内容的には決して優位に進めたわけではなかった。
勝つチャンスがあったとか、勝てた試合などと勘違いしてはいけない。

例えば、チャンスの数は以下のとおりである。

★・決定的なチャンスの数
日本   1回(21分)
パラグアイ5回(20分・28分・96分・98分・100分)

日本は、21分にバーを直撃した松井のSHのたった1回である。
それ以外に惜しかったのは、39分の松井⇒トゥーリオ⇒松井と繋ぎ、
最後は本田がダイレクトシュートしたのと、91分のFKで、ゴール前で、
中沢からトゥーリオへと渡り、飛び込んだトゥーリオの足が届かなかった。

以上のように得点の期待感を持たせたのは、僅か3回だった。
パラグアイは前半の立ち上がりから30分、後半の立ち上がりから20分、
延長戦の前半部分といった具合に、キックオフから先取点を狙って、
ガンガンと攻め込んで来た。試合巧者の南米勢に先取点を与えてしまうと
厄介になるから、この立ち上がりに失点しなかったのが、その後の善戦に
繋がったといえよう。

 日本は非常に守備が良く、またこぼれ球を実に良く拾いまくったのが、
最後まで崩れずに持ちこたえた要因となった。客観的に観れば、惜しい試合
というよりも、むしろよく延長戦を耐え抜いて、PK方式による決着まで
持ちこんだというべきなのが判ったと思う。

 フリーランスの政治ジャーナリストが、負けてベスト16程度で喜んでる
ようでは、ベスト4など夢物語だし、その風潮を批判的に書いていたが、
日本の現在の実力とアジアと世界のサッカー界の力関係を判っていれば、
ベスト16進出こそ快挙として評価するべきなのが、全く理解できない。
つまり「サッカー無知」というのを自らが証明してしまったのだ。
自分の専門外のジャンルに首を突っ込む時には、程度をわきまえるべきだ。
94年はドーハで負けて、98年はプレーオフでやっと出場権を掴んだ。
ベスト16&ベスト8の壁も簡単には乗り越えられないのは明白だ。

例えば、組み合わせが決定した時に、海外のメディアやサッカー関係者の
間の予想で、「この組を勝ち抜く2チームの有力な候補として日本が上がる」
そして負けたら番狂わせとして話題になる。そのような実力と評価を持てる
ようになった時に、ベスト8が現実的なものになるような気がする。


 

テーマ:サッカー日本代表 - ジャンル:スポーツ

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