サポーターレベルアップ講座

サッカーをメインにして、他のスポーツに関しても独断と偏見で論じていきます。皆さんがスポーツを楽しむ、考える際の参考になれば幸いです。

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J-SPORTS「Foot 」ボンホフの補足説明

 本日18・00からCS放送の、Jsports2 「Foot!」
ボルシアMGの特集をやっていたんだけど、観た人は居るかな?

 コメンテーターが「鈴木良平」氏と「金子達仁」だったっけ?
番組の中で「ライナーボンホフ」に鈴木氏がインタビューするシーンがあった。 
それからコメンテーターの両氏に司会者から、

「ボンホフ選手について」と「ボルシアMGへの想い」だったか?に質問が出て
お二方とも話したんだけども、あれじゃ~金子の説明はど素人並みだったし、
鈴木良平氏の方は、もう少し補足が必要だと思ったので、書くことにした。
 
 ボンホフはCBとして有名だけども、最初はCFだった。日本に最初に知られた
のは1971年の夏で、当時、1972年のミュンヘン五輪予選突破を目指して
欧州遠征中の日本代表とボルシアMGとが親善試合を行い4対1でボルシアが
勝ったのだが、その時にCFとして出場し、一人で4得点したのが、当時まだ
19歳で無名のボンホフだった。

 1974年のW杯ドイツ大会終了後に、バイスバイラーと親交のあった
二宮氏(元三菱重工監督)がサッカー専門誌に語ったところによれば、
バイスバイラーはCFからCBにポジションをコンバートさせた。というよりも、
初めから、将来「攻撃的なDF」として育てる構想だったとされている。

 つまり、本来は守備者としての高い適性の持ち主だが、攻撃的なセンスのある
ボンホフを、将来、選手として成熟期を迎えた時に、攻撃的なDFとして大成させ
るために、若い時にはFWを経験させたという事を意味するのだ。

 そういう視点で観ると、ボンホフは長期的な視点で育てた、選手育成策の
典型的な成功例だと言えるのではないか。 

日本でも、高校時代(ユース年代)にはFWだったけども、大人になったり、
Jリーガーになったら、MFやDFにコンバートされて成功した選手は結構
いると思うから、大切なのは指導者の選手の素材と適性を見抜く能力
じゃないかな。
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