サポーターレベルアップ講座

サッカーをメインにして、他のスポーツに関しても独断と偏見で論じていきます。皆さんがスポーツを楽しむ、考える際の参考になれば幸いです。

代表候補のマスコミ報道について思う

 昨日、発表された、日本代表候補の合宿に初召集されたメンバーに関して、今朝のスポーツ紙各紙と一部夕刊には、予想どうりと言うか情けないというか、《サプライズ》という言葉が飛び交っていた。

 例えば「相馬」の場合は、
【 昨季の控え選手が異例の代表入りとなった。】(スポニチ)

 「川島」の場合は、
【 昨季は名古屋の控えだった川島の召集は驚き 】(読売)

 上記二人の場合は、所属クラブでの実績の無さと言う点で驚きとされているが、二人とも才能が無くて控えだったわけではない。昨日、記事を書いたけども、相馬はすでにヴェルディ時代にその才能を充分に発揮していたのだから、《実績》という点では何もケチを付ける理由は無い。それは実際にヴェルディのゲームを観てれば判るはずだし、担当のクラブでなくても天皇杯のタイトルを取った時の活躍ぶりを見たり聞いたりしたはずだ。
 まさかサッカー担当記者ともあろう者が、サッカー日本一を決める天皇杯決勝を観ていないという事はありえないだろう。

 特にレッズの場合は、ACL・A3・Jリーグと目標が目白押しで、スケジュールも厳しい。レギュラー以外の選手層を充実させて、メンバーが代わっても極端にレベルダウンしないような体制で臨んでいるのだから、控え選手が低レベルという論理は適用出来ない。控えが異例の代表入りと書いた《スポニチの記者》は、今シーズンのレッズは選手層が厚いなどと恥ずかしげも無く書くつもりなのだろうか?

 川島の場合も、2003年のWユースと時の活躍と、素材の良さは折り紙つきなのだから、これまた選ばれて不思議ではない。代表チームを編成する際にGKを3人選出すれば、そのうちの一人が23歳以下というのは、別に不思議な事ではなく、バランスの取れた編成と、将来に向けた若手育成という観点で行けば、その年代の選手がいない方が不自然だ。
 そもそも、前に所属していた「名古屋」では、才能が無いから控えだったのではなく、前代表の「楢崎」が居た事と、監督が楢崎を選んだという理由で控えだっただけだ。
《読売》の記者はGKの素材を見極める眼が全く無いのか?

」の場合は、
【 J発足以降、大学生では初の代表入り 】【アマチュア選手では市川以来の代表入り】

 は昨年のU−19アジアユース準優勝レギュラーメンバーで、大活躍したのは記憶に新しい.経歴を見ると《高卒時には札幌からオファーを受けたが流通経済大学入り》そして北京五輪を目指すU−22代表にも選ばれたばかりの逸材だ。
 大学生だろうがアマチュアだろうが、能力のある者、素質に恵まれている者が選抜されるのは当然の事であって、「学歴や職業」によって、代表候補選手選抜の基準が設定されているのではない。
 経歴で判るとおり、才能が無いからJリーグへ行けずに、大学へ進学したのではない事も明らかだ。

この「相馬川島」の3人のプレーを正当に判断できれば非常に優れた素材であるのが判るはずだ。

 フル代表⇒Uー23⇒U−20⇒U−17と、各カテゴリーの代表がある。それらの代表メンバーに選ばれた者の中で優秀な者、あるいは代表監督の目に止まった者が、次々と、あるいは飛び級で、上のカテゴリーの代表に選ばれていくのは当たり前の事であって、その都度サプライズ等と書き立てる必要はない。

 このように、マスコミのサッカー担当記者の中には、信じられないような、お粗末なサッカー観察眼しか持っていない者が居るのが実情である。こういう記者でも《プレスとして取材して記者席で観戦出来て各種資料が入手出来る》

《その上、世間に公表出来ないオフレコ情報を入手可能だ》

 このような記者が書いている新聞や雑誌に、金を出して読む価値があるだろうか?サッカージャーナリストを目指す若い諸君は、彼らの記事を反面教師として受け止めてもらいたい。



テーマ:サッカー日本代表 - ジャンル:スポーツ

祝!サッカーマガジンの望月幹也のコーナー廃止

 サッカーマガジンの編集長が交代してから、つまらなくなったという意見を聞くので久しぶりに本日発売の号を買ったけど、U-21以下の各カテゴリーの代表の資料集としては使えそうな気がする。読み物はどうでも良いけど。

 レギュラーコラムが無くなったのは、賛否両論があるけど、≪望月幹也≫のコーナーが無くなったのは高く評価したい。本当に良かった。今晩は祝杯を挙げる事に決めた。

 何が問題かというとだ、
望月幹也はマンガ家であって小説家やコラムニストではない。マンガ家ならば、自分の意思や考えをマンガで表現するのが本筋であって文字で表現するのはおかしい。

 サッカー界の低迷期の時期に≪サッカー好きのマンガ家≫という貴重な存在が評価されてサッカーマガジンにレギュラーで執筆できたわけだ。もし「望月幹也」が人気マンガ家ではなく一サッカーファンに過ぎなかったら、あるいは人気マンガ家だが、サッカーに全く興味も関心も無かったとしたらどうなっただろうか?サッカーマガジンで自分のコーナーも持てずに、昨今のサッカーブームの恩恵も受けなかったはずだ。

 WEBやブログで誰もが意見発表や情報発信の場を持てる時代では無かった頃に、望月幹也はそういう場を持てたという事だ。初めは面白かったが−−−−−−−
 そのうちに、やたら文字が多くなってきた。それも小さな字で読みづらくて、小説家なのかマンガ家なのか判らなくなってしまい、段段、変な方向に向かっていった。
 
 サッカーを通り越して他のスポーツの話題にまで触れていくようになり、まずその時点で不快感を感じてきた。なぜならばサッカーと関連付けた内容ならばともかく、そうじゃないんだから。
 そしてとうとう、事件や社会問題や国際問題・芸能関係・戦争などの話題に飛び火するに至っては言語道断といわざるを得ない。しかも、それらをマンガではなく文字中心で表現するんだから、ちょっと違うんじゃないかと、なんで原稿書き直しにしないのかと疑問に感じる事が多くなった。
 
 まるで新聞の投書欄の投稿のような内容が掲載されたり、アマチュアバンドの登竜門みたいな番組の出演バンドの話題を書いたりといった具合で、不愉快極まりないコーナーに成り下がった。
 なぜ、どうして、自分がサッカーマガジンでレギュラーコーナーを持てるようになったか?
 情報量が少なかった時代にサッカーファンが、サッカーの話題に飢えてた時に、なぜ関係ない話題をサッカーと関連付ける事も無く、一般の週刊誌や総合雑誌のコラムのような話題を書くのか?
 そういった自覚と自分の役割が判ってないと思われても仕方が無い。

 当時の編集長は確か≪千野さん≫だったな。
遅かったけど、無くなって本当に良かった。めでたし!めでたし!

 

愉快!やりたい放題のオシム

 日本代表がサウジ入りして即時練習したようだが、真夜中の時間帯に練習と言うスケジュールには驚いたが、時差調整が狙いというオシムの経験が生かされるかどうか興味深い。

 でも、もしこれと同じ事を「トルシエ」がやってたらどうなっただろう?招集日をギリギリまで引き伸ばす・出発当日に召集とか、ピッチ全体を使った少人数の編成による練習方法など、≪キチガイ沙汰≫として扱われ、≪非常識≫≪無謀≫だと、批判の嵐の大合唱になったに違いない。
 
 しかも、スタメンもシステムも事前公表しない。具体的な戦い方や選手選考の理由なども『煙に巻いた発言を繰り返す』これなんか、スポーツ紙の記者を中心に相当な不満が蓄積しているはずで、後は練習は非公開を増やす事。特にセットプレーなど戦術的に重要な練習を行なう際には、報道陣もシャットアウトするなんて事になったら不満が爆発して大騒動に発展するのは確実だ。
 
 ≪マスコミに対するジーコイズム≫が浸透したために、いまだに記者会見で≪先発メンバーは?≫とか≪システムは?≫等という愚かな質問をする≪バカ記者≫が居るから、オシムに「もっと勉強しろ」みたいな事を言われて、ほとんどまともに相手にされていないのが現状である。そういう連中が不満を爆発させても≪バカをさらしてるだけ≫でオシムの方が正しい。

 でも記者会見でのオシムの返答を見てると、日本のサッカージャーナリズムは本当にバカにされてるのが良く判る。トルシエの時には、長く喋っているけど中味は何も意味が無かったり、要点はボカして言質を取らせない内容が多かったけど、オシムは本当に遊んでるようだし、そのような発言と質問のやり取りを記事にする記者も可哀想ではあるんだけどね。

 代表メンバーの方は、中東での経験のあるベテランや欧州組みを召集しなかったの事で波紋を呼んでいるが、とにかく全体で集まって練習する時間が少ないためで、今回も浦和から7人選び、千葉とガンバの選手を軸にするかサブ要員として重視するという基盤は変わらないようだ。
 本当の強化という意味では、来年のシーズンオフに行なわれるトルコ合宿からになると思うが、≪走らない・守備面でも頑張らない・自分勝手な動きをしてチームのリズムを狂わす≫
そういう選手は、どんなに才能があっても選ばないような気がしてきた。



 

 

ジーコ髪様・無能の証明

 前回の記事で大変なミスを犯してしまったのに気がついた。誤解を招くような表現で混乱した人には申し訳ない。
 どこが間違っていたかというと、≪ジーコを普通の監督と書いた部分だ≫

普通じゃなくて≪無能な監督だ≫訂正する。

あれから色々と情報を整理してみたら、対ディナモ・キエフ戦の展開は、まるで日本代表の時の負けパターンと似てるようだし、メデタク敗退後のコメントなんか、ただのボヤキにしか聞こえない。

あのような点差で順当に負けるのは「普通の監督」だけど、内容の酷さとアウェィの敗戦から何も学ばないのだから、トルコ人も、ジーコは「無能の監督」で、過去の名声だけで期待されてるのが判ったに違いない。

1・敗戦から何も学ばない
2・負け試合の後は審判の悪口を言う
3・ミスの修正をしない
4・同じパターンで失点する
5・守備を軽視して攻撃偏重
6・左サイドのMFに守備の下手な選手を起用してピンチを作る。

 日本代表の時に何度も見てきたから《う〜んなるほど》と光景が脳裏に浮かんでくるけど、即刻クビじゃなくて出来る限り長く晒し者になって大恥をかいてほしいと思う。
 
★・一人の監督が異なるチームと選手で采配を揮ったのに、同じか、もしくは似たようなパターンや戦い方で負ける結果に終わり、試合後に同じようなコメントが出てくるというのは、≪その結果の要因は、選手じゃなくて監督にある≫と考えるのが論理的だ。

★・この結果、ジーコは自分自信で無能を証明した事になる。

日本代表で、あれほどデタラメ采配を繰り返していながら、マスコミは批判せずに神様扱いで好意的に扱ってきたけど。トルコのマスコミは、しがらみ抜きで正当な評価・批判を行なうはずで、ジーコも日本ではいかに恵まれていたかを実感するだろう。
 日本のマスコミは川淵会長の圧力で止むを得なかったという言い訳を用意しているだろうが、ジーコが辞めて日本を去った後も、好意的どころか妄信的な扱いをしてるなんて異常そのもの。

 ドイツ大会に出場した日本代表選手にお願いしたいのは、W杯の惨敗の原因はジーコではなく選手にあると書いたマスコミ・ジャーナリストの取材を拒否してもらいたいという事。

責任と義務を放棄したマスコミ各社

 今、発売されてる週間ポストは、非常に面白い。川淵会長は、「週刊誌なんて勝手に騒ぐだけでウソばっかり、相手にする必要はない!」と言ったそうだが、実際には協会内部的には釈明の文書を配布したという。週刊誌の記事も相応に受けとれば良い。
 これは今回の ≪川淵会長、責任転嫁、留任強行騒動≫ を分析して記録に残す上で貴重な資料的価値があるので、週刊ポストには一度眼を通しておく事を薦める。

 すでにW杯開幕前の時点で協会理事の間で、川淵会長は人望が著しく低下していたのが判る。
惨敗後、その後に続く醜聞と騒動で、川淵会長への反感と嫌悪感は、更に増加していると思われる。川淵会長もそのような雰囲気を察して、当初2010年まで会長を続行するという強気な姿勢を崩して、1期2年まで(2008年)継続と一歩退いたのだろう。

 ここで重要なのが、テレビ局と一般紙とサッカーマガジンの役割だ。《週刊誌なんか無視して放っておけ》で済むだろうが、もしテレビ局や一般紙やサッカーマガジンが、反川淵の姿勢を明確にして、追求する側に回れば、事態は急転する可能性が高い。
 彼らは、今回の騒動では、マスコミが果たさなければいけない役割を放棄していると断じても良いと思う。
 
 週刊誌・夕刊紙・一部のフリーライター・ネットライターが、《川淵会長退陣》の論陣を張るよりも、例えばテレビのワイドショーや、通常のニュース番組・新聞の社会面などで、愛人や金銭疑惑の報道を行なうと同時に、W杯惨敗の最高責任者として引責辞任を当然視する論調で扱っていれば、どうなったかと考えて欲しい。

 メディアの果たす責任と役割が如何に大きいかという事が判るし、今回の日本のメディアは自殺行為に当たるというわけだ。
 近い将来、東アジア情勢の激変に伴い、わが国で《愛国主義》《国粋主義的傾向》が強まり、国家によってマスコミ各社の言論統制が行なわれるような事態になった時に、抗議や反対の声を上げて《弾圧されても自業自得》である。貴方達はマスコミとしての、そのような権利や義務を放棄したと同様の愚行を今回行なったのだ。

 今、サポーターが出来る事は何か?
デモや署名と答える人も居るだろうし、そのような対応はしり込みしてしまう人もいるはずだ。でも次のような事はすぐに出来る。
 
 新聞・専門誌・雑誌・テレビのスポーツニュースのコメンテーター・評論家・フリーライターなどの観察と分析だ。

誰が何を書いているか!また発言しているか!
ジーコと川淵会長を擁護しているのは誰か!
そしてそれを半永久的に忘れない事!

 今後の新聞や雑誌を《購読》したり、そのメディアや人を信用する際の判断材料にするんだ。